希望の蹄跡。

昨年、トウショウシロッコを引き取る際に、相談に乗っていただいたホーストラスト北海道さんに、6月15日、私の通う乗馬クラブからキティホークが入厩した。

キティは元競走馬で、現役引退後は乗用馬になった。長年、競技会で活躍した後、私のようなへなちょこ馬乗りでも乗れるように調教をし直して練習馬になったのだが、これまでたくさんの障害を飛越してきたせいなのか、脚もとが突然崩れるように悪くなってしまい、馬の命綱である乗用馬からも引退。キティとともに数々の競技会に出たクラブのインストラクターが引き取って、ホーストラストさんにその後の余生をお願いすることになった。

キティは上級者用の馬なので、たった1度しか騎乗したことはないけれど、乗馬を始めた年からずっと顔を見て過ごしてきただけに、私にとっても家族のような馬。よく疝痛を起こすので、倒れた馬体を引き上げて、お腹をさすったこともたびたび。インストラクターが馬房から連れ出して歩くとすぐに治るので、大事には至らなかったが、今回のように脚にきてしまうと、もうお客さんは乗せられない。

ひとを乗せることができなくなった馬の行く末は、余生ではなく廃用という道であることが多いが、一般の私たちでも馬を引き取った後、安心して預けられる施設が増えてきている。

生産から育成、競走を経て引退後の余生まで、全部ひっくるめて競馬だと思っている私にとっては、ホーストラストさんのような養老牧場は「あって当たり前」だと簡単に言えても、現実はとても厳しく、辿りつける馬は悲しいくらい少ない。

ホーストラストさんには、キティの少し前に入厩したアドマイヤチャンプがいる。

父ノーザンテースト。今年の冬に亡くなったタイキマーシャルの半弟にあたり、兄の死と入れかわるようにチャンプはやって来た。

チャンプは宮城県の乗馬クラブで震災に遭い、建物ごと津波に流されて生き残った馬。馬体は激しく傷つき、血だらけの状態で発見されたという。今でもチャンプの背中には、大きな傷跡が何か所もあり、当時の壮絶さを物語っている。

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私はその傷跡をみて思った。

きっとチャンプには、思い出したくない恐ろしい記憶があると思う。

一番安全で安心と思われた馬房が流され、40頭いた仲間たちと一緒に激流の中「神様!」と叫んだかもしれない。一緒に助かったトニーザプリンスと、途方に暮れた日々を、悪夢のように思い出して震える夜もあるだろう。

チャンプにはまだ、ここでの友だちができてはいない。まだ何か不安なのだろうか。

何となく、ゆらゆらとひとりぽっちで草を食みながら、また突然、馬運車が迎えにくるかもしれないと警戒しているのかも。日本中をたらいまわしにされる馬も多く、それが自分たちの命を繋ぐためのものだとわかっていても、感情のある生き物にとっては、津波で流された時と同じような傷を心に負っていると思う。

たった2年前の出来事を、そうたやすく忘れるなんて、私にはできない。それが楽しいことならあっけなく忘れてしまうかもしれないが、辛かった体験はどうしても残ってしまう。チャンプも同じかな。

雄大な岩内の丘やニセコ山系を眺める時間が傷ついた心を癒し、悪夢を見る回数が、三日に一度、一週間に一度と、自然に遠のいていき、チャンプの胸の中でうまく希釈されて、いつか透明になっていけばいい。ここでなら、それができる。

ゆっくりとでいいから、いつか心を許しあえる友だちか、寄り添うだけで生きる希望になる生涯の伴侶ができればいいね。

チャンプ、そしてキティ。

あなたたちの余生はもう心配ないのですよ。

 

 

 

 

 

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