2021年04月07日

4月7日、愛馬の日

horseみなさまこんにちは、河合紗希子です。

先週このBlogでは、靖国神社の戦没馬慰霊像について綴りました。
その中で説明板の転載をさせていただいたのですが、実は私、この文章を初めて読んだ時、ちょっと気になる記述がありました。

Img_6048

▶︎説明板より転載させていただきます

戦没馬慰霊像に思う。
「馬ほど心の美しい動物はない」
明治初期から昭和20年8月15日の終戦に至るまで、幾多の戦役にかり出されおよそ100万頭の馬が戦陣に斃れた。軍馬補充部で育成された軍馬や農家からの購買または徴発馬が、斥候、行軍、戦闘のため戦場を駆巡る乗馬として、あるいはいかなる難路にも屈せず重い火砲を引く輓馬、軍需品を背負い搬送する駄馬として戦地に赴いた。
御国のため戦場を駆巡り、屍を野辺に晒したもの数知れず、終戦まで生き長らえても、再び懐かしい故国に還ったのは僅か1、2頭である。山紫水明の生まれ故郷を思い起こしたことであろう。それでも黙々として生を終えた。
この馬像の作者 伊藤國男氏(明治23年~昭和45年)は生涯に千数百点もの馬像を手掛けた彫塑家である。同氏は戦場において輝かしい功績を遺した戦歿馬のことが脳裏から一時も離れず、私財を傾け鎮魂の証としてこの像を制作、靖国神社に献納したが、台座に費やす財はなく、数年間建立されることはなかった。
かって馬術の選手として2回もオリンピックに出場し、戦後は皇居内の乗馬クラブで教官を務めた城戸俊三氏は、この話を聞くや早速、旧軍人や馬主に呼びかけ、昭和32年4月に戦歿馬慰霊像奉献協賛会を結成、広く浄財を募り、翌年の4月7日に建立除幕式を行い、靖国神社に奉納した。
台座の「戦歿馬慰霊」の揮毫は元華族の北白川房子様の染筆である。 以来、毎年桜花爛漫の4月7日を「愛馬の日」とし、《戦歿馬慰霊祭》がこの場で行われている。

※2012年からは、4月の第1日曜日に、軍馬・軍犬・軍鳩合同慰霊祭として行われるようになったそうです


私が不思議な違和感を感じたのは、文末の「愛馬の日」の記述。

なぜかというと、私のなかでは「愛馬の日」というと、なんとな〜くのイメージだったからです。
そもそもどうして4月7日が愛馬の日になったんでしょう?
自分が愛馬の日を秋のイメージとして持っていることとあわせて気になったので、調べてみることにしました。


carouselpony愛馬の日
愛馬の日(あいばのひ)は、1939年(昭和14年)から1945年(昭和20年)までは毎年4月7日に政府主導で国民的行事として行われた馬に関する行事。
または、1968年(昭和43年)から毎年秋分の日に日本中央競馬会(JRA)主催で馬事公苑において行われている一般市民が馬と親しむ日。
他に各地の乗馬クラブなどでもそれぞれ独自に愛馬の日を設けて、一般市民と馬の交流を図っている。

carouselpony4月7日の愛馬の日
1945年までの日本では、馬は農業(農耕・運搬)、陸上運送、軍事(騎兵、大砲の曳馬、輜重馬)に重要な役割を果たしていたが、日露戦争で日本の馬の貧弱さが露呈し、1904年(明治37年)4月7日、明治天皇は顕官に馬匹の改良を命じた。
この明治天皇の勅諚により馬政を統括する馬政局が設置され、馬匹の改良に向けた大規模な馬政30年計画が実施され、また明治天皇の勅諚は日本の競馬が現在の形になっていく一端にもなっている。

1931年(昭和6年)、帝国馬匹協会は毎年6月1日を愛馬の日にすることを提唱し、実施している。
1938年(昭和13年)、帝国馬匹協会は他の団体にも参加を要請し、これに農林省・陸軍省が加わり、日を改め規模を国家的行事として行うことに決めた。
1939年(昭和14年)、政府は1904年(明治37年)4月7日の明治天皇の馬事勅諚を記念し、馬事振興の意識を高めるものとして4月7日を「愛馬の日」と定めた。

第二次大戦後には4月7日の「愛馬の日」は無くなったものの、1958年(昭和33年)4月7日には靖国神社に戦没馬慰霊像が献納され、1985年以降は毎年4月7日に戦没馬慰霊祭が執り行われている。

靖国神社での毎年4月7日の戦没馬慰霊祭は2012年からは国家に命をささげた馬・犬・鳩(軍用伝書鳩)を合わせて慰霊する「軍馬、軍犬、軍鳩合同慰霊祭」に移行し4月第一日曜日に行われるようになっている。

carouselpony馬事公苑の愛馬の日
日本中央競馬会の馬事公苑では1968年(昭和43年)から秋分の日に『愛馬の日』を設ける。
秋分の日に設定したのは日本の動物愛護週間にあわせたもの。
この日には伝統馬事芸能や乗馬体験など様々なイベントが行われ、馬を身近に感じることが出来る。
2010年から2016年までは併せてジョッキーベイビーズの関東地区予選が行われている。

▶︎Wikipediaより部分抜粋して転載させていただきました
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%84%9B%E9%A6%AC%E3%81%AE%E6%97%A5


な…なるほど!!!!!


4月7日に定められていた「愛馬の日」は、もとは明治天皇が馬匹の改良を命じた日だったんですねcoldsweats02

「日本の近代競馬は軍馬増強から始まった」というおぼろげな記憶とピタッとハマったのと同時に、このいわれだからこそ4月7日の愛馬の日が第二次世界大戦後にはなくなったこと、そして戦後は長く戦没軍馬慰霊の日となっていたことにも深く納得です。

そして、私のなかにあった愛馬の日は秋というイメージは、おそらく馬事公苑が秋分の日に定めて行っていた愛馬の日のイベントを、広報などで見聞きしてきたのが無意識のうちに定着していたのですね。


先日、桜が満開のあのタイミイングで靖国神社に足を運んだのは本当に偶然だったのですが、折しも4月7日の愛馬の日の直前でした。

きっとこの先も、あの日に感じた強いものは忘れることはないと思います。
4月7日の愛馬の日はなくなりましたが、個人的には、あの体感とともにこれからもずっと大切にしていきたい日になりそうです。


ではではみなさま、今週も素敵な競馬ライフをclover


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